ミニマリスト

【極論】私はこうしてコレクターからミニマリストになった。

minimalist
TOTO

“最高の贅沢”とは買えるのに、あえて買わないこと。

GIGLIO

“ある”より”ない”方が豊かなんだよ。

もともと私は物欲モンスターでした。

高1でバイトを始めてから、少ない給料を形あるモノにすべて換える大モノ持ちです。

私はグルメでもなければお酒も飲みませんし、ギャンブルもしたことないし、旅行欲もありません。タバコも辞めました。すべてをモノに換えてきたのです。

例えば好きなアーティストがいたら、その人のCDやDVDは全部集めなきゃ気が済まない。なんなら保管用も買う。

シルバーリングは足の指までぜんぶに付けても余るぐらい持っていましたし、

ニット帽にハマったら黒やグレーはもちろんカーキやバーガンディ、白、茶色、ベージュ、オレンジ、ピンク、イエロー、グリーン、ブルー、ボーダーに柄物、なんなら金や銀まで、とことんコレクトしなきゃ気が済まない性分でした。

それが今では誰がどうみても「ミニマリスト」です。

自分のモノはもちろん、家族や友人に頼まれたモノまで捨てることなく、すべて売ってきました。

唯一捨てたのはコレクション魂くらいです。

そんな私の極論とも言えるミニマリストの考え方を紹介します。

原点はこの国が地震大国だということ

すべての始まりはこの国が地震大国だということにあると思います。

せっかく集めた大事なコレクションがある日突然、地震でガレキの下敷きになる。

その時の自分の精神的ダメージを減らしたいというのが1つ。

もう1つは、自室がもはや衣装部屋になっていたので別室で生活していたのですが、これ以上モノが増えるとさらにその部屋も衣装部屋(正確にはコレクション部屋)にして、

さらに追加でハンガーラックや衣装ケースを購入しなければならない。(洋服は欲しいけど衣装ケースは買いたくない)という状況だったのでついに断捨離を行うことにしたのです。

それが2011年12月15日のこと。

ヤフオク歴7年で1000点以上売った

断捨離の方法は「ヤフオク」と「メルカリ」(当時はなかった)です。

評価はそれぞれヤフオク1006とメルカリ35。(2019年2月現在)

ヤフオクとメルカリの評価

ヤフオクに関しては評価が絶対ではないですし、100を超えた辺りからは評価の強制もしていなかったので倍近く売ってるかもしれません。(倍は言い過ぎかな)

私のコレクションのほとんどは洋服(小物やアクセサリー含む)かCD/DVDでした。

それもいわゆる「買って満足しちゃうタイプ」で多くは新品同様か美品。

CD/DVDも最初にPCに取り込んだらあとはラックで大切に保存、という状態だったので断捨離法は「売る一択」でした。

この丸7年の間でコレクターからミニマリストに考え方が徐々にシフトしていきました。

2011年にはミニマリストという言葉自体存在してなかった?のでそうした概念や言葉がメジャーになったことも後押ししていると思います。

失くなったモノのことは考えない

これは自分でも驚いたのですが、モノ持ちの方の多くはせっかく買ったのに、せっかく集めたのに、売るのはもったいない。と考えるのではないでしょうか。

もしくは持ってるって誰かに自慢したいとか。

私もそう思っていました。

出品するのって相当なエネルギーが必要ですし、決して楽しくてしょうがない!って行為ではないので出品するまでが1番迷います。

しかし、売れて発送が完了し家の中からなくなると、もうそれっきりそのモノのことは考えなくなります。

たまに街中やテレビでよく似たモノを見かけて「懐かしいなー」と思い出すくらいです。

出品したらむしろ失くなって欲しいと思う

私の場合は、売るならこの値段という最低ラインがあるので、出品しても1週間で失くならないことの方が多いです。(1円スタートとかあまりしない)

そうするとどうでしょう?

あんなに出品するかしないかで迷っていたものでさえ「早く消えてなくなれ」と思うようになります。

これも断捨離を始めるまで知らなかった感覚です。

中を失くしたければ外を失くす

普通は洋服(中)を売って、衣装ケース(外)が空いたら衣装ケースを売ると思います。

私は先に外(衣装ケース)を売ってしまいます。

いつまでも剥き出しで洋服を置いておくと、ホコリを被ってしまい状態が悪くなってしまうので売るスピードも上がりますし、面倒くさいからこのへんでいっか!という甘えもなくなります。

何よりまた衣装ケースを買うことはありえませんから、

洋服を入れるスペースがない = 洋服が増えません。

ぜひ試してみてください。

100を50にすると、やがてその50が100になる

膨大なモノに囲まれていた私ですが、断捨離を始めて1~2年もすると今後絶対着ない服や本当に好きなアーティスト以外のCD/DVDはなくなり、だいぶ片付いてきました。(それでも普通にモノをいっぱい持ってる人レベル)

そもそもミニマリストになるぞー!おー!っと言ってスタートした断捨離ではないので、もうここらへんでいっかとYahoo!プレミアム会員を辞めたこともありました。

しかし、今まで100あったモノを半分の50に減らすと、やがてその50が現在の100になります。

すると50に減らした苦労なんかすっかり忘れて、現在の100を50に、つまりもう半分減らしたくなるのです。

今後絶対着ない(と思う)服が増えるんですね。

これを書いてる2019年2月の私はもはや「2」しか持っていません。

そしてなんとか「1」にできないかと日々思案中です。笑

「まだまだこんなもんじゃない、もっと減らせる。」

自分はまだ「ミニ・ミニマリスト」だと思っています。

ここまで来ると病気ですね。笑

テクノロジーの進化を味方に

今までは主に洋服の話でした。

ここではCD/DVDや本の話をします。

つまり「データ化できるモノ」です。

特にCDですが、毎回CDから取り出してデッキやPCに入れて聴くという人は今どれくらいいるのでしょう?

ほとんどいないと思います。

2011年の時点の私でもそうでしたし、何よりちょっと潔癖症気味の私は自分がCDを触ることで指紋が付くのさえも嫌でした。

するとCDに触るのは取り込む時の1回だけなんですよね。

歌詞もネットで見られる時代ですし、コレクション魂さえ捨ててしまえば必要なのはデータのみ、ということになります。

こうしてCDはmp3に、DVDはmp4に、本はPDF化して外付けHDDで保存。

さらにその外付けHDDをもう1つの外付けHDDにバックアップして保存。という状態が出来上がりました。

ちなみに今現在はPCはデスクトップ→Macbookに。

外付けHDD→Googleドライブに。

と更なるミニマル化に成功しています。笑

これもすべてテクノロジーの進化あってこそです。

買う(選ぶ)のがストレスになる

こうしてミニマル化が進むにつれ生まれた概念に「買うのがストレスになる」があります。

もっと言ってしまえば「選ぶのすらストレスに」なります。

多くの人は買い物でストレスを発散していますよね?

女性は特にその傾向が強いのでしょうか。

ミニマリストになるともはや逆です。

例えば、アウターを20着持ってる人が今季もう1着買う場合と

2着しか持っていない人がもう1着買う場合では

この1着に懸ける意気込みが違います。

しかも50着持っていた人が2着まで減らした末の3着目なら尚更です。

絶対失敗したくないですし、失敗したら即売らなきゃいけない。

余計な1着を持っている訳にはいかないからです。

するともはや「買い物はおろか、選ぶのすらもストレス」なフェーズに入ることができます。笑

画像さえ持っていれば、それは”持っている”も同然

これが1番理解に苦しむと思いますが、「欲しいモノの画像さえ持っていればそれは持っているも同然」です。

例えば、あるロックバンドのTシャツがカッコよくてそれが欲しいとします。

私はTシャツは自分で作るので、いくらカッコよくても買うことはありません。

この時代、商品に画像は付きものですよね。

私はその商品のなるべく公式で、できるだけ解像度の高い画像を探し、保存します。

それで買った(持っている)も同然、満足します。

はい、理解に苦しみましたか?笑

選ぶのもストレスな私ですが、画像を探す時間はそれなりに設けます。

単純にイラストやデザインなどの画像が好きなのもありますし、画像データのサイズなんてたかが知れていますから、保存した画像が1枚だろうが1万枚だろうが、そのためにハードを増やすことはないからでしょう。

買い物は買った(手に入れた)その瞬間をピークにテンションはどんどん下がっていきます。

必ずしもモノとして持っている必要はない、と私は思うのです。

同じ理屈で写真を撮ることで売る(手放す)こともできます。

しかし、モノとしてのコレクション魂は捨てたとはいえ、データとしてのコレクション魂はまだ残っていると認めざるを得ません。

反・少数精鋭な考え方

持っているモノが極限まで減ってくると「少数精鋭」な考え方が生まれると思います。

例えばパンツを2本に絞ったらその2本は高級ブランドの良いヤツにしたい、とかですね。

私はそんな考え方さえも断捨離しました。

高級ブランドでもハサミを入れれば切れるし、しょう油をこぼせば汚れますよね。

そんなミスはもちろんしませんが、良いモノでも飽きる時は飽きるんです。

逆にGUのジーパンでも飽きます。

「価格の上昇」と「飽きるまでの時間」は比例しません。

安くても1回洗濯したら縮むとか、1年着たら溶けてなくなっちゃうとかそんなクオリティーの時代でもありません。

買い替える時は飽きた時なんです。

なので私は数年おきに飽きたら買い替えるようにしています。

そうすれば洋服と共に気持ちもリフレッシュできます。

「少数精鋭」である必要はありません。

売ってから買う、いや買わない

例えば、ブーツを3足持っているとします。

冬はブーツを履きたい。だけど今持ってる3足の中に今現在の自分にハマるブーツはない。

今までの私なら欲しいブーツを新たに1足買った上で要らない3足を出品していました。

今ならまず要らない3足を出品するでしょう。

しかしブーツが0足になっても「選ぶ/買うのがストレス」な私ですから、新たにブーツは買わないのです。

冬はブーツを履きたい自分はまだいます。

だから欲しくなったら買います、たぶん30年後くらいに。

Amazonの倉庫に預けているという感覚

今はいつでもなんでも手に入る時代です。

たとえ売り切れてしまった「初回限定盤」でもヤフオクやメルカリで手に入ります。発売日に買わなくてもです。

そうした時代のおかげで生まれたのが「Amazonの倉庫に預けている」という感覚です。

どういうことかと言うと、

たしかに今はそれ持ってない → でも本当に必要になったらAmazonの倉庫から取り出す。(Amazonで購入し、送ってもらう。)

Amazonの倉庫をタダでレンタルしている感覚でいる、ということですね。

買えないから強がってるだけに聞こえるかもしれませんが。笑

本当に必要になったら買えば良いのです。いつでもなんでも買えるのですから。

そしてたぶん本当に必要な時は100年経ってもやって来ません。

坊主のススメ

私は髪の毛も断捨離しました。笑

合わせて「美容院代」と「その時間」も断捨離できました。

ちなみに私の使っているバリカンは2003年に弟が購入したものを2019年現在も使っています。(充電したままでないと使えませんが。)

ずっと坊主でいると、男性あるあるの「ハゲる心配をする時間」も訪れません。

むしろ坊主にする時間も無駄に思えて「もう生えて来ないで!」とさえ思えてきます。

ロックスターを夢見ていた少年が、今や万年坊主なのですから人って変わるものです。

(ちなみに、下の毛も脇毛も断捨離してます。)

ミニマリズムから仕事を選ぶ

モノをお金に換える。に加えて

モノを買わなくなる。と自然とお金が溜まっていきます。

私はそのお金でドッグカフェを始めようと思っていました。

カフェを始めるだけのお金が自然と溜まっていたのです。

カフェには物件・什器・食器などやたらとモノが必要ですよね?

やがて私の中に

「仕事ならばモノを買うのはしかたないのか?」

という考えが生まれてしまいました。

犬と一緒にいるために消去法で選んだ「カフェ」ですから、どうしてもやりたい訳ではありません。

今あるモノで仕事ができたら最高です。

そうして選んだのがMacbook1つあれば出来るWeb系フリーランスという仕事です。

ミニマリストで在り続けたいという考えから仕事を選んだのです。

Macbookの断捨離はまだまだ先になりそうですからね。

やがてはスマホ1つ、カラダ1つで仕事が出来たら言うことありません。

苦労して手に入れたお金は無駄遣いしない

断捨離って本当に大変なんです。

もう2度と繰り返せる自信はありません。

モノが減ってスッキリする感覚は何とも言えませんが、お金に換えられなければ頑張れなかったと思います。

今の「メルカリネイティブ世代」もさすがに、今から2000売ることになると知ったら手が鈍るでしょう。

そんな苦労して手に入れたお金は自然と無駄遣いしようとは思わなくなるものです。

形ないモノを買う

ではお前は何も買わないのか?というとそんなことはありません。

形ないモノとはつまり「情報・知識・スキル」などです。

決して地震がボクらから奪えないモノですね。

私は今現在はそうしたモノにだけは積極的にお金を使うようにしています。

クラウドファンディングの支援などもここに入るかもしれません。

一生モノなんてない

究極の断捨離は「一生モノ」ですよね。

手放すのは悩ましいと思いますが、大丈夫です。

地球上に一生モノなんてありません。

これからは買う時に「一生モノだから」を理由にするのは辞めましょう。

憧れのマイホーム、車や時計はステータス、良い財布を持つとお金が入ってくる…。

すべて幻想です、もしくは洗脳です。

「憧れのマイホーム」は、戦争で焼け野原になった土地を何とかしようとした国をあげての洗脳ですし、

「憧れのマイカー」は、やがて完全自動運転になり、人間が自由に手動運転できる時代は終わります。(自動運転に手動運転が混じっていたら、それこそ危ないですからね。)

「高級時計はステータス」は、仕掛けた時計メーカー側が言うことであって、仕掛けられた消費者側が声高らかに言うことではありません。時間はスマホで見ましょう。

「良い財布を持つとお金が入ってくる」は、お金とは信用・データです。そもそも財布には入りません。現金は匿名性が高く、犯罪者が使うモノです。さっさとキャッシュレスに移行してください。

「モノを買う」とは欠落を埋める行為だと思います。

憧れのマイホームはマイホームに住んだことがない人にとっての憧れですし、

子供の頃に買ってもらえなかったオモチャを、大人になってから集めるとかよく聞きますよね。

欲しい理由は欠落感から来ているだけなので対処はカンタンで、

「自分はマイホームに住んでいた」

「子供の頃にそのオモチャでさんざん遊んだ」

と思うことです。笑

私も最後は実家をヤフオクに出品します。

We Are ミニマリスト世代

所有 → シェア

時代がミニマリストを後押ししているかのようなサービスも増えています。

上の世代は今さら変われないと思いますが、1980年代以降に生まれた先進国のいわゆる”ミレニアル世代”にミニマリストは多いと思います。

人間は豊かになると欲望の種類が変わる生き物だそうです。

世界中が成長期の時代にそれこそ「憧れのマイホーム」のために頑張ったオジサン達がその時代の普通だったように、

成熟期の現代の日本 (衰退期とも言う)の若者が「それ以外のモノ」に価値を感じるのは当然の流れとも言えます。

お互いその時代の普通を体現しているだけに過ぎません。

ちなみに、私の両親は未だにすぐモノ買う世代ですが、

私の3つ下の弟もミニマリストです。(私より早くから)

しかし、それも生まれた国が日本でなければ生まれなかった概念です。

現代の日本に生まれたことを感謝しつつ、今日もミニマルに生きます。

断捨離 goes on…

この7年で何度も、断捨離はここまで!と思いました。

でも今月も出品は続きます。

そして私は1つの結論に達しました。

「人生は断捨離」

Life goes on ならぬ 断捨離 goes onです。

人生が続く限り、断捨離は終わらないということです。

生きていれば考え方は変化していきます。(さすがにまた物欲モンスターには戻らないと思いますが)

今は必要だと思っているものも1年後は不必要かもしれません。

テクノロジーが進化すれば更なるミニマル化も可能でしょう。

よろしくお願いします、テクノロジーの最先端の方々!

出来れば人体すら無しで生きていたいんです。笑

【結論】断捨離なんて大っ嫌い!

ここまで書くと結局好きでやってるんでしょ?

と思われるかもしれませんが、

サイズ・重量計測→ダメージ確認→写真撮影・加工→相場チェック→出品時期を合わせる→出品→質問(あれば)に答える→落札(されるとは限らない)→入金(されるとは限らない)待ち→梱包→発送→受け取り待ち(クレームが来ないか不安)

のフローは大っ嫌いです。

でも、やるしかないのです。

いま持っているモノはすべて地震で失うのですから。

おわり

プロフィール

今回は以上です。

極論ですが、こんな考え方いかがですか?を記事にしてみました。

「そんなに切り詰めて(いるように見える) ミニマリストって楽しいの?」

と思う方もいるかもしれませんが、

楽しいですよ。

“何もない”を見て、時折ニヤニヤ、ワクワクしてます。笑

“モノがある”状態では想像できないのも無理はありません。ちょっと前の私がそうでしたから。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。